4月9日、作家の井上ひさしさんが鎌倉市のご自宅で逝去されました。謹
んでご冥福をお祈りします。実は小社から、井上さんと図書館にまつわ
る単行本が一冊出ております。遠藤征広著『遅筆堂文庫物語―小さな町
に大きな図書館と劇場ができあがるまで』です。
本の蒐集が趣味という井上ひさしさん。蔵書の重みで家の床が抜けたと
いう仰天エピソードもあるほどですが、本書は、その膨大な蔵書が生ま
れ故郷の山形県川西町に寄贈され、1987年「遅筆堂文庫」という町の図
書館(1994年「川西フレンドリープラザ」内へ移転)が誕生する軌跡を
当事者が描いたドキュメンタリーです。その後も本の寄贈は続き、2010
年現在、所蔵数はなんと22万冊に及ぶそうです。
川西フレンドリープラザ「遅筆堂文庫」:
http://www.plaza-books.jp/
「遅筆堂」とは、自他ともに認める遅筆で有名な井上さんの自嘲的雅号。
「丹念に資料を読み込み、膨大な資料にあたり、納得できる作品を生み
出そうとすると筆が進まず…」と書かれています。
特筆すべきは、企画からこの大事業の核になって頑張り通したのが、地
元の無名のボランティアの若者たちだったこと。全ては若者の一途な情
熱に端を発しました。
著者の遠藤さんは、井上ひさしさんと同郷(川西町)。高校生の頃から
大の井上ファンで、故郷で「井上ひさし講演会」を開きたい、という気
持ちが高まり、地元の仲間と相談し、思案の末、半年かかって一通の長
い手紙を書きます。「いかに井上ひさし様が好きか」を熱烈にアピール
し、講演会を開きたいこと、でも、お金がないこと、そして「ふるさと
川西町は嫌いですか」という挑発的な問いかけを盛り込んだそうです。
5日後、作家から思いがけない返事が届きます。「小生が『羽前小松』
(現川西町)を嫌っているなどは、ひどいデマです。」と書かれてあり
ました。井上ひさしさんの郷土愛に訴えた作戦が見事に功を奏したよう
です。1982年講演会は実現し、ここから作家と遠藤さんら地元の有志の
青年たちとの交流が始まります。続きは本で。
* * *
「遅筆堂文庫」で面白いのは、本の分類がひと味違うところです。本書
によると、司書資格を持ったスタッフの一人は「日本十進分類法」(NDC)
がよいと主張しますが、「漠然とNDCは違う」と感じた遠藤さんは「作
家のこだわりと本の分類は一致するのではないか」という仮説を立て、
独自の分類方法で棚を構成します。個人の蔵書のみで作られた図書館な
らではの発想ですね。
たとえば、「E」は井上さんが選考委員を務める文学賞選考本だったり、
「R」は執筆した作品ごとの参考文献であったり…。この分類表は172頁
に出ています。そして、一部の本に書き込まれた赤線や付箋のメモは、
そのままの状態で残してあるそうです。「遅筆堂文庫」の棚を眺めた
来館者の、「大好きな井上ひさしの脳内を浮遊している気分」(p146)
という感想が印象的です。
『遅筆堂文庫物語―小さな町に大きな図書館と劇場ができあがるまで』
遠藤征広〔著〕 B6・240頁 1998.6刊
定価1,470円(本体1,400円) ISBN 4-8169-1496-X
なお、『遅筆堂文庫物語』の社内在庫分は、小社の総発売元・紀伊國屋
書店に出荷しています。ご希望の方は、そちらからお求めください。
紀伊國屋書店 BOOKWEB:
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/guest/cgi-bin/wshosea.cgi?KEYWORD=%92%78%95%4D%93%B0%95%B6%8C%C9%95%A8%8C%EA
(竹)