╋■╋■╋━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■╋■╋ スポットライト・コラム
╋■╋ 鉄鋼王カーネギーとニューヨーク公共図書館
■╋ 3月新刊『世界の図書館百科』斜め読み
╋━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
◆「官か民か」
指定管理者制度やPFI(Private Finance Initiative)の流れを受けて、
わが国でも従来にない「民営」の図書館が見受けられるようになった。
北九州市立戸畑図書館は、元経営コンサルタントが館長を務め、昨年
5月から司書が地元FM局でお薦めの本と図書館をPRしたり、8月から閉
館後に月一ペースで起業希望者向けビジネス支援講座を始めていると
いう。
民営化は時代の大きな趨勢であるが、無料サービスを前提とする図書
館の運営に民間委託には馴染まないとする反発も根強い。
官か民か・・・それが日本の問題だ。が、図書館先進国のアメリカに
目を向けると、公共図書館に対する固定観念を打ち破るような別次元
の発想に驚かされる。
◆ ニューヨーク公共図書館は「NPO」
ニューヨーク公共図書館は、ご存知の通り、世界でもトップクラスの
図書館で、専門分野に特化した4つの研究図書館(Research Library)
と85の地域分館(Branch Library)からなる複合体であるが、意外な
ことに州や市が運営する公立図書館ではなく、非営利民間団体(NPO)
が運営する Public Library なのである。理事会によって運営され、
研究図書館の費用の大半は慈善家、団体、企業など民間からの寄付金
によって賄われている。
3月に日外アソシエーツより刊行される『世界の図書館百科』(藤野幸
雄 編著)で「ニューヨーク公共図書館」の項を見てみると、その歴史
的経緯がよくわかる。
19世紀のニューヨークにあった個人のアスター図書館とレノックス図
書館をニューヨーク州知事のサミュエル・ティルデンが統合し、「市
民のための公共図書館」を作ることを提案する。その後、ティルデン
財団の仲介で1895年、ニューヨーク公共図書館(New York Public
Library)が創設された。
新興都市ニューヨークをヨーロッパ並みの文化的な都市にするためには、
誰もが自由に学べる環境作りが必要不可欠と考えた市のリーダーたちは
市民に開かれた図書館の充実に尽力する。「設立時の性格がそのまま後
に引き継がれた」とあるのは、即ち、資産家が近代国家の基礎的インフ
ラとして資金を提供して発足した図書館ということだろう。
1901年からは図書館の重要性を訴えた鉄鋼王アンドリュー・カーネギー
が大口寄付を申し出る。ニューヨーク公共図書館の分館の半数近くは、
カーネギーの資金援助を受けて拡大していったそうである。
『世界の図書館百科』には、「アンドリュー・カーネギー」も別項目と
して立っている。以下、少し長いが、抜粋してみよう。
----------------------------------------------------------------
1901年に会社を5億ドルでモーガンに売り渡したカーネギーは、かねて
から決心していた慈善事業に資産をつぎこむことにした。なかでも図書
館に対する支援は優先順位が高かった。彼が図書館に関心を寄せた理由
は、父の影響で幼いころから読書にあこがれていたが、その機会がなか
ったこと、ピッツバーグという開拓前線の町で移民たちに図書館が提供
できる楽しみと知識獲得の場、ここが将来性の最も大きな場所だったか
らであろう。
~略~
こうした寄付はアメリカの図書館を機能面で変えていた。飾りの多い無
駄なスペースの建設は許されなかったからである。さらにカーネギーの
寄付行為は繁栄を迎えたアメリカで他の多くの慈善事業家の引き金にな
っていた。20世紀の初頭に寄付により実現した図書館の数は多い。
カーネギーの遺志をついだカーネギー財団は,図書館発展の新たな時期
に、さらに実質的な支援を行った。調査と勧告に基づいて、寄付行為の
方向転換をおこない、図書館員養成の教育を学問の規律のうえに乗せ、
さらに、図書館間の協力の実現のためにアメリカ図書館協会を支援する
方向に向かったのである。
----------------------------------------------------------------
アメリカの公共図書館とその活動に資産をつぎこむ篤志家の関係は特筆
に値する。多文化国家のアメリカには、個人が社会の中でその才能を開
花させる機会は平等に誰にでも与えられるべきだという確固たる思想が
あるようだ。
◆ Public Library の意味するもの
カーネギーら資産家の寄付が原動力となって、ニューヨーク公共図書館
は、市民による市民のための「知的インフラ」として整備されていった。
菅谷明子氏(*)は『未来をつくる図書館―ニューヨークからの報告―』
の中で次のように述べている。
図書館とは、「過去の人類の偉業を大切に受け継ぎ、新しいものを生み
出すための素材を提供する。やる気とアイディアと好奇心溢れる市民を
豊潤なコレクション(所蔵資料)に浸らせ、個人の能力を最大限に引き
出すために惜しみない援助を与える」ところだといい、これまで実際に
多くの人材を育ててきたニューヨーク公共図書館は「アメリカの繁栄を
支える大きな柱」となっているという。
個人が力をつけ活躍することが、やがては社会全体を潤すことにつなが
るというビジョンの下、図書館を上手に活用してキャリアを強化し成功
を収めた者は、寄付という形で図書館活動にその結果を還元する。公共
図書館は「市民が主役」の情報社会の拠点なのである。
public 本来の「一般公衆に対して開かれた」という意味合いを今一度、
噛みしめたい。
(竹)
<Bibliography>
『世界の図書館百科』
藤野幸雄 編著 A5・854頁 定価14,910円(本体14,200円)
ISBN4-8169-1964-3 2006年3月 日外アソシエーツ
『未来をつくる図書館―ニューヨークからの報告―』
菅谷明子 著 18cm 230p 定価735円(本体700円)
ISBN4-00-430837-2 2003年9月 岩波書店
* 菅谷明子
1963年北海道に生まれる。カナダ留学などを経て、米ニュース雑誌
『ニューズウィーク』の日本版スタッフとなる。1996年ニューヨーク
のコロンビア大学大学院にて修士号取得。1997年在米ジャーナリス
トとして、メディアと公共空間、インターネットと市民社会などを
テーマに取材・執筆活動を始める。現在、経済産業研究所(RIETI)
研究員。「進化する図書館の会」運営委員、「ビジネス支援図書館
推進協議会」副会長などもつとめる
<図書内容情報データベース BOOKPLUS より抜粋>
[0回]